自信家くまさんのお家

あーあ はちみつをとりにいかなきゃ

いつだって巣が壊れる時が



今日は買い物に出かけた。
普段は仕事場とお家との往復で、それ以外は外に出るなんておっくうでたまらない。

簡単にいったら引きこもり。
布団に根っこが生えたみたいにそこから動かないことがなんと幸せなことか。

外に出る。私は女。ということは、
外に出るという事は、まずお化粧をして、髪を整えて、ある程度の服装に着替えて、なんならストッキングなんてはいちゃって、

それでやっと家の玄関を潜れるのです。

そんな面倒くさい手順を経てでも買い物に行かなければいけない理由は1つ。
お家に食べ物がないのだ。
時間は20時。ぎりぎり近くのショッピングセンターがあいている時間。

それでなんで家に食べ物がないのか、何故、そんな時間に買い物に行かなければならないのか。

私は実家で暮らしている。両親ともに健在。二人ともいいとしで、年金をもらって、障害のある兄と私とで暮らしている。それでもってなんともありきたりな設定なのだけど、借金があって、毎月の支払いで全てお金が飛んでいく。手元に残るものは何もなくて、むしろマイナス。もう出せるものはないのに請求のハガキは何通も、催促の電話は鳴り止まない。

電話も止まったから、正確にはなりやんだのだけれど

暗いくらい、自己中心的な考えの私といったら、私の使うお金ないじゃないってくらい給料をお家に献上してる。使うお金がないのにさらにお金が必要だからカードを使う。そのカードの請求が、続いていく。これがリアルな自転車創業なのかしら。

話が逸れてしまったのだけど、そんなこんなで両親には食べ物を買うお金がない。渡していた生活費もすでに切れていたのだ。給料日の贅沢なんてそんなものはできないけれど、最低限の食材を確保するために、買い物にでたのだ。夜中に。

それで、今日感じたこと。

ひとりで買い物していて、それまで値段も気にせずに買っていたものを、1つ1つ値段を気にして吟味してカゴに入れていく。

そんな私の隣で、私みたく太った女の子が、両親と思われる人らに近づきカゴにどさどさ物を入れるのだ。両親はそれを気にもせずに歩いていく。その横にその子も従ってついていく。

まるで昔の私だった。

それまでは、これまでは、欲しいものは何でも買ってもらっていた。パソコンやら、ゲーム器やら、服やら。父は何も語らない人で、母にはカードしか渡してないから基本カード払い。買い物だって、みんなで適当に食材をいれて、そんな生活だった。裕福、だったように思えていた。少なくとも父が働いていた時までは。

凄く泣きたくなった

あの女の子の位置に、自分は居たのに
笑って、何も知らずに過ごせていたのに

今では毎日をぎりぎりで生きて
急にみすぼらしくなった。

あとどれだけたったら、裕福でなくても、普通の、他の人と変わらない、お金の心配をしないで済むのか

死にそうな顔のお母さんと
やっぱり何も語らない父さん

シーソーゲーム。どっちに何かがかかってもすぐに崩れてしまう

一瞬なんだ。
いつだって、巣が壊れるのは

知らなかったことが幸せなのか、
知ってしまったことこそ幸いか
知らずにいたらどうなってたのか

涙こそ、もうでないけど
まだまだ私は終わりなく正解を探すのだ。


なんてありきたりな。